無宗の恥ずかしいエッセイのコーナーです。
 私無宗が、かなり昔に書いたエッセイを紹介しています。
 なんか、めちゃくちゃなことも言ってます。
 かなり恥ずかしく、未熟な内容ですが、もしよろしければ感想などお願い致します。

「気違い」

 真実を求めれば、面倒くさがられるこの世の中で、本当の事を言うと厄介者扱いされちまう。
 辛いことは避けて通りたい奴ばかり溢れてやがるもんだから、本当の真実なんてもうどこにも見当たりやしねえ。
 誰もが「堅い話」を煙たがり、自分さえ楽ならそれでいいと思っているのか。
 くそったれだぜ、こいつらは皆、SEXと、恋にしか興味がないみたいに見えるよ。
 何が大事なのか誰にもわからない。
 何が正義なのかなんて考えようともしない。
 自分の生き方は周りの流れ次第で、自分を主張しようなんて考えてもいない。
 無難な人生、それだけを求め、一時の楽しさを永遠に求め続ける。
 愛と恋の違いさえも考えようとせずに、ちゃちな恋を愛だと勘違いしてやがる。
 無難な結婚、愛より金を優先させて、しまいには離婚してやがる大馬鹿野郎ども、消え去っちまえ。
 何もかも狂っていやがる。
 こんな世の中で叫び声をあげても、世間の波にもみ消される。
 結局俺なんか気違い扱いだ。「はい、そうですか、僕は気違いですか」
 我慢できないよ。自分を捨てるなんてどうやっても俺には出来ない。
 そう、俺は気違いなんだから、周りに流されることはない。
 だって、誰がまともで、誰がまともじゃないかなんて、一体誰に決められるんだ。
 周りと同じで居ることがまともだと定義するのなら、俺は大声で叫んでやろう。
 「周りの皆が大馬鹿野郎なんだ」ってね。大馬鹿野郎の仲間入りなんてまっぴらだぜ。
 そう、俺は気違いなんだ。
 少なくとも周りと同じではないから。
 俺は誰とも同じじゃない。
 俺は、このまま一生を過ごそう。
 気違い扱いされてもかまいやしない。
 自分の信じる通りにやっていくんだ。
 俺のやっていることの中にも間違いは幾らでもある。
 自分で納得できないことも幾らでもやっている。
 だけどいいだろ、間違いを犯してしまった時は、心の底から謝ればいい。「御免なさい」って謝ればいい。
 やっちゃいけないことをやってしまった時、俺の間違いで人に迷惑をかけてしまった時、そんな時はプライドなんて関係ない。
 素直に頭を下げればいい。
 納得できなければまた挑戦すればいいし、怖がって周りがやること以外何もできないより、よっぽどましだ。
 俺が失敗する度、またあいつらが俺を馬鹿にする。「この気違い野郎」と罵られる。
 でも、そんな時、俺はまた新しい真実をつかむことになる。
 一時は自己嫌悪と屈辱感に潰されそうになるけど、何もできないでいるまともな人達よりもずっとましだと知っているから。
 俺はボロボロになりながらも、また歩いて行ける。
 俺は、こうして生きていったほうが人生おもしろいと思うから、こうして生きていったほうが自分自身に納得できるから、別に気違いでもかまいやしない。
 いつまでも、このまま生きていきたい。



「君のため」

 今の自分じゃ駄目だと思うのなら、何かを求めて自分の胸に叫んでみろよ。
 誰もがこの虚無ってやつにうちしがれているんだ。ほら、また一人が自分の弱さに叩きのめされて、諦めの中ではいつくばってる。
 自分に嘘をつきながら楽な道へ、楽な道へと逃げ込んでいても、結局、最後にはこの虚無ってやつにぶちのめされるんだ。
 逃げられやしないさ、誰も。
 だから、叫んでみるがいい、自分の胸に。何が真実か。何が大事なのか。君の答えを出すのは君でしかない。
 誰も手を貸してなんてくれない。諦めてしまったなら、何も変わらないまま、はいつくばることから抜け出せなくなるんだぜ。
 自分に嘘をついていたら、どんどん自分が自分でなくなって行く。
 このふざけた世の中の腐った流れの中に溶けて行く。
 何も感じなくさせられちまって、意味なく酸素を無駄にすることになっちまってもいいのかい?
 傷つく事を恐れる余り、自分に嘘をつき続けてきたね。
 そんな罪を真っ正面から見詰めながら、この次からは、傷なんて恐れずに、すべてをまっすぐに受け止めるがいい。
 すべてを感じるまま、すべてを素直に、すべてを純粋に。自分に納得できるまで。
 それが君が君として生きることだ。足元に気を付けながら歩いて欲しい。・・・



「駆け引き」

 あちこちで嘘や裏切りが飛び交い、様子はさながら人類大戦争。
 正直に物を言うなんて事は、Tシャツ一枚丸腰で戦地に赴くようなもんだぜ。
 そう、ナンセンスなのさ。ボロボロにされて、嫌というほどぶちのめされて、泣きをみるだけのこと。
 どんな言葉にも裏がある。
 決して100%信じるなんて馬鹿なことをしてちゃいけないよ、それじゃあ命がいくつあっても生きてはいけない。
 その場に合わせて言葉を使い分け、先を読んでうまく切り抜けろ。
 相手の心理を探って、何が求められているのか感じとり、様子を見て、警戒しながらジャブを出し、ここぞという時にうまく右のストレート、時には穏やかに、時には強引に、嘘のカードを使い分けろ。
 うまくやっていくのなんて簡単さ。調子を合わせて笑っていればいいだけ。
 道化芝居を演じながら、相手の手の内を見透かせれば、もうこっちのもんだ。
 へらへら笑って、思ってもいないでまかせで相手をその気にさせといて、いごごちのいい場所を作り、その場の流れに身を任せていれば、自分で何にもしなくたって、十分楽なポジションで笑っていられるのさ。
 なんて楽な生き方だろう。
 くそったれの生き方だろう。最低だ!!



「流れ」

 下らない大学の講義。何も考えずに退屈さを持て余す学生たち。何を見てるの?何を目指すの?何が欲しいんだい?
 こんな馬鹿げた世の中で、考えなくなれば何も感じなくされてしまうよ。
 自分が生きることの意味、時には思い悩んでみることも必要だろう。
 すべてを適当に受け流して、流れが行く方向へついていくのかい?
 自分の頭では考えず、主張をするのは無責任な我がままを言う時だけなのかい?
 本当に大切なものは自分の胸に聞いて決めていくものなんだぜ。
 どうせ、自分の身を可愛がり、傷つく事から逃げているんだろ?
 そんなにお前の身体は価値あるものなのかい?
 傷を知らぬふぬけどもが、只ひたすらに楽な方へ楽な方へと徒党を組んで流れていくよ。
 奴等は言葉を知らない。思っていても言えやしないから、思っていても行動に出ることもできやしない。
 一人になると何も無い事に気付くんだろ?
 思ったことを押し潰さないで。流れの中へ捨ててしまわないで。
 本当に自分がやりたいこと、本当の夢を殺してしまったら、只のロボットになってしまうよ。



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